中田久美監督の結婚歴や旦那、子供について!離婚の原因はすれちがい?

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女子バレーボール日本代表の中田久美監督は、結婚3年で離婚されていますが、元旦那さまはどんな方だったのでしょうか?子供はいたのでしょうか?

今回は中田久美監督の気になる結婚・離婚までの経緯、元旦那さんや子供の存在などについて詳しく調査していきます!

中田久美監督と結婚してた旦那誰?

中田久美監督は1995年、林隆夫さんという男性と結婚されています。

この元旦那さんの林隆夫さんですが、調べてみると有名な数学者であることが分かりました!

林隆夫さんは京都大学在学中にインド数学の研究を始め、1979年から名門ブラウン大学に留学、1985年には同大学大学院で博士号を取得しています。

帰国後は同志社大学で教壇に立ち、現在までインド数学の解説書や日本語翻訳を行うなど、専門分野において精力的に活動をしています。

一見、バレーボールとは何の関わりもなさそうですが、林隆夫さんは中田久美監督とどのような経緯で結婚に至ったのでしょうか?

バリバリの数学者である林隆夫さんですが、実は野球の名門校・国学院久我山高校出身で、林隆夫さんご自身も第51回選抜高等学校野球大会に出場しています。

勉強だけでなく、スポーツにも一生懸命取り組む高校時代を送っていた林隆夫さん。

同じくバレーボールに人生を捧げて取り組んできた中田久美監督に共感する部分も多くあり、惹かれたのかもしれませんね。

中田久美監督が結婚した理由は?

中田久美監督は、現役を引退した後、29歳で結婚しています。

中田久美監督は1986年、練習中に右膝前十字じん帯を断裂する大けがをしてしまいました。

10か月後に復帰はしたものの、その後も再手術を行ったり、痛み止めを飲みながらの選手生活が続き、1992年のバルセロナオリンピックを最後に選手生活にピリオドをうちます。

それから3年後、中田久美監督29歳の時に元旦那さんの林隆夫さんと結婚しています。

バルセロナオリンピックでは怪我のため実力が発揮できず、コートの中で号泣していた中田久美監督。

自分自身が完全に納得して選手生活を終えたわけではないので、引退直後はしばらく、精神的に不安定となってしまうこともあったかと思います。

そんな時に出会って心の支えとなってくれたのが、林隆夫さんだったのでしょうね。

結婚当時はお互い好きなスポーツの話で盛り上がることもよくあったとのです。

結果的には離婚という形に終わってしまいましたが、林隆夫さんは中田久美監督がバレーボールから離れ、第二の人生をスタートさせるうえでとても重要な存在だったと思います。

中田久美監督が3年で離婚した理由は?

中田久美監督と林隆夫さんの結婚生活は、わずか3年で終わりを迎えてしまいます。

離婚に至った理由について中田久美選手は、「旦那に完璧を求めすぎた」と答えています。

日本代表の練習風景や試合の様子を見ていても、一切の妥協を許さない中田久美監督の厳しい姿がうかがい知ることができます。

家庭でもおなじくパーフェクトな主婦として過ごしていたのでしょうか。

日常生活のちょっとしたすれ違いが積み重なり、それぞれの世界でトップを走ってきたお二人だったからこそ、お互い歩み寄れなくなってしまったのかもしれないですね。

中田久美監督の子供は何人いるの?

中田久美監督と元旦那さん林隆夫さんとの間に子供はいたのでしょうか?

調査した結果、お二人の間には子供がいなかったことがわかりました。

林隆夫さんとの離婚後、独身を貫いてきた中田久美監督。

中田久美監督にとっては日本代表の選手たちみんなが子供のような存在だったのでしょうか。

可愛い子供であるがゆえに、時に厳しい口調で叱ってきたのかもしれません。

東京オリンピックでは日本女子バレー界の母親的存在・中田久美監督のためにも、選手一丸となってぜひメダルを獲得してほしいですね!

中田久美監督の若い頃がヤバイ

今でこそ日本代表監督のコワいイメージが強い中田久美監督ですが、現役当時はその実力と可愛いルックスからアイドル的人気を誇っていました。

中田久美監督は若干15歳で全日本の代表に選ばれ、当時の最年少記録を更新しています。

その後は1984年のロサンゼルスオリンピックでの銅メダル獲得にも貢献し、中田久美監督の人気もますます上昇、スポーツ誌以外にも数多くの雑誌にとりあげられていました。

実は中田久美監督の離婚原因の要因として、中田久美監督がセミヌード写真集を出版したことも関わっていたのではないか、とも当時は噂されていました。

中田久美選手は1995年の現役引退後の数年間、モデルとして活動していた時期がありました。

短期間の活動でしたが、なんとエルメスのファッションショーなどにも出演するほどまでに人気を博していた中田久美選手。

顔立ちも美しく身長も176センチであったため、モデルとしてはまさに理想的なビジュアルだったんですね。

そんなモデル活動の延長線上で、1998年に中田久美監督はセミヌード写真集を出版します。

女優やグラビアアイドルではなく、元バレーボール選手にセミヌードのオファーがきたのですから、当時の中田久美監督がいかに美しく人気があったかがよくわかりますね。

実際この写真集はモノクロ写真が多く、セクシーというよりは芸術的でカッコいいというテイストに近いと思います。

この写真集の撮影前に5日で5キロの減量に成功した、という逸話もあります。

結果的に離婚の一要因となってしまったのかもしれませんが、当時の中田久美監督の美しさと努力の集大成とも言える作品なのではないでしょうか。

中田久美監督が激やせ疑惑!?昔と比較

若い頃から美しいことで有名だった中田久美監督ですが、日本代表監督に就任した2017年頃から「激やせしているのでは」という噂がたつようになりました。

確かに2017年以降の画像を確認してみると、数年前よりも頬がこけているように思えます。

その後調査を行ったところ、大きな病を抱えているわけではなく、中田久美監督本人も痩せた理由について「大騒ぎするようなことではない」と発言しております。

また、中田久美監督は2015年に持病の椎間板ヘルニアの手術を行っていますが、このヘルニアが激やせの原因なのでは、という声もありました。

もともと完璧主義で一切の妥協を許さないタイプであるため、日本代表監督として様々なプレッシャーと戦っていることと思われます。

自らの持病と戦いながらも、日本代表を育て上げるために日々奮闘しているんでしょうね。

東京オリンピックも控えますますお忙しくなると思いますが、選手のケアと同様に中田久美監督自身も無理せずしっかりお身体を大事にしていってほしいですね。

中田久美監督にカツラ疑惑!真相は?

中田久美監督は現役引退後、実況者やスポーツキャスターも行っていましたが、当時はロングヘアで大人系のスタイルで登場することが多くありました。

ここ数年、日本代監督に就任して以降の中田久美監督の髪型を見てみると、ショートボブの長さをキープしていますが、この髪型について「かつらなのでは」という噂が流れているんです!

生え際がわかる横顔写真なども確認しましたが、とくに違和感はなく中田久美監督のあのショートボブの髪型は全て自毛だと思われます。

おそらくテレビに最も出演していた頃のロングヘアのイメージが今でも強いので、日本代表監督として再び注目されるようになった中田久美監督の最近の髪型とのギャップにより、かつらとの噂がたったのでなないでしょうか。

中田久美監督の父母や兄弟は?

中田久美監督は、お父さんとお母さんの3人家族で、兄弟はおらず一人っ子でした。

もともとお母さんがママさんバレーをやっていて、幼少期にその練習についていったことが中田久美監督とバレーボールとの出会いになります。

中学校に入ると長身であったため、担任の先生からはバスケットボールを進められた中田久美監督でしたが、お母さんから「バスケットよりバレーボールの方が楽しいんじゃないの?」とアドバイスをもらい、バレーボール部への入部を決断し、その後の華々しい選手生活へと続いていきます。

中田久美監督が41歳の時、お父様は末期がんで亡くなっています。

死期が近づく父親に対し「人生で悔いはないか」との質問をした中田久美監督、それに対しお父さんは「悔いはない」ときっぱり言い放ちます。

それを聞いた中田久美監督は、現役引退後10年以上もやりたいことが定まらずにいた自分に対し「このままではいけない」と確信し、その後はバレーボールの指導者となるべくイタリアへと旅立ちます。

素晴らしいご両親のもとで育ったからこそ、中田久美監督の輝かしい選手時代も現在の日本代表監督としての実績も生み出されてきたのですね。

中田久美監督率いる火の鳥NIPPONの評価は?

中田久美監督率いる日本女子バレーチーム・火の鳥NIPPON。

監督就任時の挨拶においても、東京オリンピックでの金メダル獲得を目標に掲げていた中田久美監督。

これまでのチームの評価はどうなんでしょうか?

監督就任1年目のグラチャンバレーでは5位、2年目の世界選手権では6位と、残念ながらメダル手が届くことはありませんでした。

シーズン3年目となる昨年2019年の世界選手権では、大会序盤から苦しい展開が続きましたが最後は3連勝をおさめました。

しかしながら結果は5位に終わり、中田久美監督はここまでメダル獲得を実現できていません。

そしてシーズン4年目の2020年、最大の目標としていた東京オリンピックがいよいよ開幕します。

日本中から熱い期待が寄せられると思いますが、これまで培ってきたチームの絆を大切に、リラックスした気持ちで試合に臨んでほしいと思います!

中田久美監督のプロフィール

ここで中田久美監督のプロフィールについてもう一度振り返ってみたいと思います。

中田久美監督は東京都出身、1965年9月3日生まれで 現在55歳です。

中学入学と同時に本格的にバレーボールを始め、それからわずか2年後、若干15歳で全日本女子の選手に選ばれます。

中学卒業後は通信制の高校に通いながら、バレーの名門・日立で選手として活躍します。

当時の日本代表監督・山田重雄氏の助言により、中田久美監督はセンタープレーヤーからセッターに転向しました。

それ以降は、強豪日立のエースとして注目を浴びるようになり、1984年のロサンゼルスオリンピックでは銅メダル獲得に貢献します。

それから2度のオリンピックを経て現役を引退し、その後はモデルやスポーツキャスターなどマルチに活躍していきます。

しかしお父さんの死をきっかけに、バレーボールの指導者を目指しイタリアへ留学、帰国後の2012年に久光スプリングスの監督に就任します。

久光スプリングス監督時代には、女子チームで初となる国内大会三冠や皇后杯五連覇達成など、数々の記録をうちたててきました。

2016年のリオオリンピック直後に、中田久美監督は史上二人目の日本代表女性チーム監督に就任します。

中田久美監督はバレーボールを始めた直後から選手として輝かしい成績をおさめ、現役引退後も素晴らしい指導力を発揮してきました。

2020年の東京オリンピックでも、これまでの経験を活かし強い日本をぜひ復活させてほしいですね!

中田久美監督の結婚歴や旦那、子供について!離婚の原因はすれちがい?まとめ

以上、中田久美監督の結婚・離婚までの経緯、元旦那さんや子供の存在などについて詳しく調べてみました。

選手時代から現在の日本代表監督になるまで、長きにわたり日本のバレーボール界を牽引してきた中田久美監督。

現役時代にオリンピックで実力発揮が十分にできなかった中田久美監ですが、その分をぜひ東京オリンピックでリベンジして、選手達と一緒にメダルを勝ち取ってほしいですね!

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