中田久美監督の髪型がカツラ疑惑!?真相に迫る!

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中田久美髪型カツラ

東京オリンピックでのメダルが期待される全日本女子バレーチーム・火の鳥NIPPONの中田久美監督。

そんな中田久美監督の髪型がカツラなのでは?という疑惑が浮上しています。

今回はこの中田久美監督の「髪型カツラ疑惑」の真相などについて詳しく調査していきます!

中田久美監督の髪型がカツラ!?ヘアカラーについても

現役高校生の日本代表選手となったことで注目を集め、当時はアイドル的存在を誇っていた中田久美監督ですが、日本代表監督に就任した近年、中田久美監督はカツラなのでは?という疑惑があがっていました。

果たして本当にカツラなのでしょうか?

現役時代~引退直後の中田久美監督の髪型を確認してみると、ロングヘアで女性らしいスタイルを好んでいるようでした。

しかし、日本代表監督就任後は、ショートボブに近い髪型をキープしているようです。

また、その髪の色はアッシュ系のグレーに染められていて、画像で見ると50代とは思えない艶があることがわかります。

その後髪の毛に関する情報収集を進めましたが、中田久美監督の髪の毛は地毛で間違いない、ということが判明しました。

日本代表監督就任後の中田久美監督は、常にショートボブの同じ髪型であること、ヘアカラーの影響で髪の毛が若々しく輝いて見えることによって、カツラ疑惑が浮上してしまったのかもしれません。

日本代表の練習や試合で多忙な日々を送る中、常に髪型やヘアカラーに気を使い、50代とは思えない綺麗さキープしている中田久美監督。

アスリートとしてではなく女性としても尊敬してしまいますね。

中田久美監督の体重激やせ理由は?

中田久美監督が日本代表監督に就任した2017年頃から、中田久美監督の激やせぶりを心配する声があがるようになりました。

確かに、引退後テレビのニュースキャスターとして活躍していた頃と比較すると、頬もこけて当時より体重が減ってしまっているように感じます。

しかし、中田久美監督本人は、世間で激やせと噂されていることについて「大騒ぎすることではない」ときっぱりコメントしており、特に大きな病気をしたわけではないことをアピールしていました。

中田久美監督が痩せてしまった理由としては、やはり精神的なストレスが大きく関わっていると思われます。

日本代表監督就任後に出演したテレビ番組では、「東京オリンピックのことで頭がいっぱいで食べることを忘れてしまう」と語っていました。

空腹感も忘れるほど、チームがいかにしたら強くなれるかを考えることに没頭していたようです。

責任感が強いがゆえにそこまで自分を追い込んでしまったと思われますが、チームのメンバーのためにもしっかり自分自身の体調もケアして頑張ってほしいですね。

中田久美監督の病気や手術歴!ヘルニアなの?

中田久美監督は現役時代、何度も怪我に泣かされています。

1986年、世界選手権では日本代表チームの主将に就任しますが、同年の11月、練習中に靱帯を切断するという大怪我をしてしまいました。

再起不能とも言われるほど状態は悪かったのですが、懸命にリハビリを続け、10か月後には試合復帰を果たしました。

1988年には再び右膝の手術を行いましたが、完治することはなく、その後は現役引退まで痛み止めが欠かせないようになってしまいます。

また、中田久美監督は、現役時代から椎間板ヘルニアの持病とも戦ってきました。

さらにぎっくり腰が重なったこともあり、2015年の秋にヘルニアの手術を受けています。

日本代表という精神的なプレッシャーに加えて、持病や練習中のケガなど数々の痛みと戦いっぱなしであった中田久美監督。

その気合と根性はまさに、スポーツ選手の鏡と言えますね!

中田久美監督の両親や家族について

中田久美監督は東京都練馬区出身、1965年9月3日生まれの56歳です。

兄弟はおらず一人っ子であり、お父さん、お母さんの3人家族で育ちました。

お母さんは若い頃にママさんバレーに通っており、それにくっついて行った中田久美監督は見よう見まねでボールを拾ったり、サーブを打ったりしていました。

そんな中でバレーボールの面白さに気付きますが、長身であったため、中学に入ると担任の先生からバスケットボール部への入部を勧められます。

しかし、お母さんの「バレーボールの方が楽しいんじゃない?」とのアドバイスを受け、バレーボール部に入部、その後はメキメキと成長し、1980年史上最年少の15歳で、全日本代表に選出されます。

お母さんは、中田久美監督が中学に入学する時点で、中田久美監督の本当にやりたいことを見抜いていたんですね。

中田久美監督のお父さんは、中田久美監督が41歳の時に癌で亡くなっています。

見つかった時には末期癌であったため、死期がすぐそこに迫る中「自分の人生、悔いはないか」と尋ねたところ、お父さんは「人生に悔いはない」とすぱっと言い切ったそうです。

このお父さんの言葉に衝撃を受けた中田久美監督は、現役引退後ファッションモデルやテレビの仕事などをなんとなくこなしていた自分に決別、もう一度バレー界に戻ることを決意し、指導者になるべくイタリア留学に行くことになりました。

このお父さんとのエピソードがなければ、中田久美監督の誕生はなかったということになりますね!

中田久美監督は結婚してる?子供は何人?

中田久美監督は、現役引退後の1995年に林隆夫さんという数学者の男性と結婚されています。

しかし、その結婚生活はわずか3年でピリオドが打たれることになりました。

それ以降、中田久美監督は再婚しておらず現在も独身です。

中田久美監督の子供について調査してみましたが、林隆夫さんとの間に子供はいませんでした。

中田久美監督は、選手たちの面倒見がとても良い事でも知られています。

中田久美監督にとっては、指導してきた選手たちみんなが子供のような存在となっているのかもしれませんね。

中田久美監督が離婚した理由は?

1995年に林隆夫さんと結婚した中田久美監督ですが、1998年には離婚してしまいます。

中田久美監督は離婚原因に関して、「旦那に完璧を求めすぎた」と発言しています。

バレーボールにおいても常に完璧主義を貫いてきた中田久美監督、日々に生活の中の些細な食い違いにも妥協することができなかったのでしょうか。

しかし、離婚の理由は他にもあると言われています。

それは、1998年に出版された中田久美監督のセミヌード写真集の出版が離婚の火種となった、とも言われているのです。

現役時代はアイドル的な人気を誇った中田久美監督ですが、現役引退後はモデル業を行っていた時期もあり、その流れの中でセミヌード写真集のオファーが舞い込んできました。

当時まだ中田久美監督の旦那さんであった林隆夫さんは、この写真集の出版に大反対していたと言われています。

しかしながら、その反対を押し切り中田久美監督は写真集を出版、これが離婚の決定打となったというのです。

林隆夫さんにとっては、グラビアアイドルでもない自分の奥さんが、セミヌードを世間に公開することが耐えられなかったと推測されます。

また、中田久美監督も林隆夫さんと離婚後はずっと独身を貫いているので、この一連の離婚騒動で自分は結婚には向いていない、と悟ったのかもしれませんね。

中田久美監督のてめえらコノヤローって?

中田久美監督と言えば、熱血鬼監督のイメージが強いと思われますが、それはやはり「てめえらコノヤロー!」事件の影響が今でも大きいからではないでしょうか。

「てめえらコノヤロー!」事件は、中田久美監督がスポーツキャスターやバレーボール解説者として活躍していた2004年にさかのぼります。

当時、柳本晶一監督ひきいるバレーボール日本代表女子チームが2004年のアテネオリンピック出場を決め、その直後にスポーツ番組「すぽると」に出演することになりました。

しかし、選手たちがオリンピックに出られる嬉しさと興奮のあまりテレビ放送の場であるにも関わらず大騒ぎしてしましました。

その態度に怒り狂った中田久美監督は、VTR画面に切り替わった時に、マイクがオンのままであることに気が付かずに、「てめえらコノヤロー!」と選手に怒鳴りつけてしまいました。

こうして、全国ネットでブチ切れた瞬間をさらしてしまった中田久美監督、世間ではすっかり怖い人のイメージが付いてしまったのです。

しかし、中田久美監督は番組開始前に「真面目にやろうね」と選手たちに釘を刺していたとのことです。

事前にしっかり注意したのも関わらず、その言いつけを守らなかったので、スポーツマンとしてもその態度が許せなかったんだと思います。

中田久美監督のその他の名言は?

中田久美監督の発言と言えば、「てめえらコノヤロー!」ばかりが注目されがちですが、その他にも多数の心にしみる名言を残されていますので、以下にご紹介します。

「心なんて折れてなんぼ」

絶対に折れない心を持ってそうな中田久美監督にこう言われると、なんだか勇気がもらえますね。

「セッターとして完成するには、1万時間の練習が必要」

天才セッターと言われていた中田久美監督ですが、練習に練習を重ねたことにより、数々の素晴らしいプレーが生み出されていたのですね。

「相手とケンカができないとダメです。ケンカできる選手がコートの中に何人いるか、それでバレーは決まります」

とても深いですね!ケンカするほど仲が言いますが、やはり全てをさらけ出してお互いを理解するのがチームプレーの基礎、ということでしょうか。

「叶わなそうなのを叶えるのが夢。自分の限界を自分で決めてしまったらその先はない」

まさに、東京オリンピックを見据えたお言葉な気がします。

限界を突破してチーム一丸となってメダルを掴んでほしいですね。

中田久美監督が喋らない理由は?

中田久美監督は、久光製薬スプリングス監督時代から、試合中に選手に指示を出したり、立ち上がったりせず、ただ黙ってじっと見ていることで知られています。

この中田久美監督の試合中に喋らないスタイルについて、当時久光製薬スプリングスのキャプテンであった石田瑞穂選手が、その理由を中田久美監督本人に尋ねたことがありました。

それに対し中田久美監督は、「監督が不安な表情をしたり、じたばたしたら選手が不安になるので、良い時も悪い時も同じ姿勢で見ている」と答えました。

選手を全面的に信頼しているからこそ、試合中は自分は動かず選手たちに試合展開の全てを委ねていたんですね。

中田久美監督が似てるのは誰? 中田久美監督の髪型がカツラ疑惑!?真相に迫る!まとめ

以上、全日本女子バレーチーム・中田久美監督の髪型がカツラ疑惑などについて詳しく調査してみました。

日本代表監督就任後の中田久美監督の髪型はショートボブをキープしており、髪色もオシャレなアッシュ系にするなどヘアスタイルに気をつけているようですが、髪の毛に関しては全て自毛であることが判明しました。

これから東京オリンピックに向けてますます練習量も増えてお忙しくなると思いますが、ご自身の体調管理もしっかり行いながら、チームみんなでメダルを目指してほしいですね!

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