加藤響(東海大相模)の出身中学は?野球を始めたきっかけに迫る!

ザックス広告

2020年3月19日に開幕する、第92回選抜高校野球大会。

2年ぶり11回目の出場を決めた、東の横綱とも言える東海大相模高校。

その東海大相模高校が優勝の最有力候補として注目される理由として、鵜沼魁斗選手、山村崇嘉選手、西川僚祐選手のスラッガートリオの存在があげられます。

対戦するピッチャーは、本当に気が抜けない強力なスラッガートリオですが、まだ今年の東海大相模高校には、素晴らしい選手がいるんです。

恐怖の2番バッターと言われている、加藤響選手。

強力カルテットとも言われる加藤響選手とは、どんな選手なのでしょうか。

色々見ていきましょう。

加藤響(東海大相模)の出身中学は?

加藤響選手の出身中学は、神奈川県の厚木市立厚木中学校です。

神奈川県厚木市内では最も生徒数の多い学校です。

部活動に野球部もあり、戦績も2015年、2016年には地区大会優勝など、かなり強豪校だと言えます。

そんな強豪の厚木市立厚木中学校の野球部に加藤響選手も所属して活躍をしていたのかと思いきや、中学校の野球部には所属せず、中学硬式野球部に入部します。

中学校部活動の野球部は、軟式(軟球)を使用します。実は、軟式(軟球)と硬式(硬球)では、手に掛かる感触やバウンドの仕方、バッティングスイングの仕方が違ってきます。

中学生で軟式(軟球)を経験し、高校で硬式(硬球)に変わると、ボールに対する感覚が中学生の時に硬式(硬球)を経験している人と慣れの部分で差が出ることがあります。

強豪校でレギュラーを獲るためには、中学生から硬式(硬球)に慣れておく必要があったと考えたんでしょうね。

良い選手というのは、常に上を見て、そのためには今なにをすべきなのかという課題を明確に持ち、それを実行・達成していきます。

野球選手としての技術のポテンシャルの高さと目標設定がしっかり出来ることが、今の加藤響選手の注目度に繋がっていることは間違いないですね。

加藤響(東海大相模)は海老名シニア出身!

加藤響選手が中学生時代に所属していた硬式野球部は、海老名リトルシニアです。

海老名リトルシニアは2000年に創部。チームを率いるのは飯塚良二監督さん。

  • チームのモットー「明るく、楽しく、元気良く、そして厳しく」
  • 座右の銘「栄光に近道なし」

「好きな野球を楽しくやってほしいと思っていますが、楽しいだけでは高校に行って苦労しますからね。ここで厳しい練習をして、3年間しっかり高校野球をするための基盤を作ってほしい。“厳しく”にはそういう意味があるんです。基盤ができていれば、たとえ中学では控えでも高校でレギュラーになれますし。実際、そうした例は多いですしね」と飯塚良二監督さん話されています。

全国大会にも数多く出場し、2015年に行われた「DeNAベイスターズカップ」で、初出場初優勝を成し遂げるほどの強豪チームで、加藤響選手は中学2年生時代には5番サードでリトルシニア日本選手権大会3位。

最高学年の中学3年生時代には4番ショートとして活躍し、リトルシニア全国選抜野球大会3回戦進出。リトルシニア日本選手権大会はベスト8で、「DeNAベイスターズカップ」で準優勝しています。

中学生時代から強打で俊足としてとても有名な選手で、サードやショートのほかにもセカンドを守るなど、ユーティリティープレーヤーとしても評価が高く、中学時代から走攻守三拍子そろった選手でした。

野球のスキルを上げるためには、個人の日々の努力も必要ですが、どんな指導者に出会うかも非常に大事になってきます。

海老名リトルシニア時代では、中心選手として活躍していた加藤響選手。

小学校から中学校、そして高校へと進学すると、まだまだそれ以上の実力を持った選手がゴロゴロといます。

そんな中でも、強豪東海大相模高校でも、レギュラー選手として活躍し、今では注目選手として取り上げられるというのは、目に見えないところで相当努力をしているのではないでしょうか。

海老名リトルシニア時代で培った「栄光に近道なし」が、今の高校生加藤響選手を引き続きレベルアップに繋がっていることは間違いないですね。

加藤響(東海大相模)が野球を始めたきっかけは?

加藤響選手は、野球経験者のお父さんの影響で小学校1年の時に厚木ニューウェーブで野球を始めますが、「おもしろくない」ということで、小学校3年生の時に野球を辞め、バスケットボールに転向しました。

しかし、小学校5年生の冬にテレビをつけると巨人戦がやっていたことが、加藤響選手の運命を変えることになります。

その時に加藤響選手の目に映ったのは、チームをリーグ優勝へと導いた坂本勇人選手の姿でした。

「坂本さんみたいになりたい」

巨人の遊撃手(ショート)坂本勇人選手の活躍が加藤響選手を再び野球の道へ。

そして、茅ヶ崎リトルリーグで硬式野球に熱心に取り組み、小学校6年生の時には約660人の応募から、わずか18人しか選ばれない横浜DeNAベイスターズジュニアに選出され、NPBジュニアトーナメントで横浜DeNAベイスターズジュニアの内野手として出場します。

お父さんが野球経験者であるということは、加藤響選手は幼い頃からお父さんとキャッチボールをし、その延長線上で野球を始めたのではないでしょうか。

小学校低学年では、まだ野球の戦術などがよく理解できないでしょうし、まだ野球の面白さを感じるまでにはいかなかったと思います。

そこで、バスケットに転向したことも、はやり自分は野球が好きなんだ!ということを認識する上でよかったことだと思いますし、結果、幼い頃にお父さんとキャッチボールをしていたことが、再び野球愛へ目覚めさせたことは間違いないでしょうね。

今度は加藤響選手の活躍する姿を見て、加藤響選手に憧れて野球をはじめるということも出てくるのではないでしょうか。

加藤響(東海大相模)が東海大相模に進路を決めた理由は?

加藤響選手がどこの高校で野球をし、甲子園を目指すかの選択肢は、色々あったと思いますが、加藤響選手が東海大相模高校を選んだ理由は、「強さ」です。

「東海大相模の強さへのこだわりに惹かれ、その環境でプレーすることで自身の強さの向上を図れるとともに、高校野球だけでなくその先の野球人生においてもプラスになると思って選んだ」

という加藤響選手のコメントからもわかるように、強さを意識しているチームで自身の能力を磨き、常に先の野球も視野に入れて、その計画を実行していくという技術的にも精神的にも素晴らしい選手であることがわります。

かつて、高校野球の名門と言われた大阪のPL学園高校がそうでしたね。

逆転のPLと言われ、KKコンビや1987年の全国大会春夏連覇など、数々の強さを誇った当時PL学園高校を率いていた中村順司元監督さんが、常に上を見て自分を伸ばせという指導法だったということを聞いたことがあります。

高校野球は、社会人になった時に、社会で活躍できる立派な人であると同時に、どんな苦しいことでも乗り越えていけるようにという指導をされている高校は数多くあります。

それを高校に入ってからそのことを知り、学ぶわけではなく、加藤響選手自らその方針を掲げる高校を選び、学びに磨きをかけるなんて、高校球児のお手本の選手じゃないでしょうか。

加藤響(東海大相模)の打撃守備プレースタイルは?

加藤響選手は、俊足巧打の走攻守三拍子そろった内野手です。

入学直後の1年生春の関東大会からショートでスタメン出場し、スーパールーキーとして注目を集めていました。

ややアッパースイングでスイングスピードが速いだけでなく、バットコントロールに優れていて、甘い球を見逃さないパンチ力も魅力です。

2年生秋の練習試合では1試合3本のホームランを記録したこともあります。

新チーム以来、恐怖の2番打者でしたが、今年の関東大会からは3番打者を任されています。

門馬敬治監督さんからも、走攻守にソツがないと言われるほどの素晴らしい選手です。

加藤響選手本人も「長打、短打どちらも打てることが自分の持ち味」と語っています。

50メートル「6秒2」というのも魅力ですね。

強いチームは、打線を固定するというのが定番の条件ではありますが、今年の東海大相模高校の場合、強力カルテットの存在で、その日の各選手の調子に合わせて、打順を組むことが出来るというのが、最大の強みになるのではないでしょうか。

加藤響選手も、今は3番打者を任されていますが、試合によっては、2番打者の時もあると思います。

俊足ということで、セーフティーバンドも狙えると思いますので、チャンスメイクもでき、得点に繋げることも出来ますし、逆にパワーヒッターとしてチャンスにランナーを返したり、ホームランも狙えることも出来ます。

加藤響選手の打順を何番にするか、相手の投手の特徴や選手の調子を考えて打順を組むのが、門馬敬治監督さんにとっては、嬉しい悩みの1つでしょうね。

加藤響(東海大相模)の家族も気になる!

加藤響選手の家族は、お父さん、お母さん、そしてお姉さんの4人家族です。

加藤響選手が野球を始めた時は、お父さんも嬉しかったと思います。

しかし、一時野球から離れた時は、寂しかったと思いますが、再び野球を始め、甲子園で活躍する息子さんの姿は、嬉しいでしょうね。

その他の選手もそうですが、加藤響選手にとって1番の応援団は、やはりご家族だと思います。

加藤響選手が野球を辞め、バスケットボールを今も続けていたとしたら、それでもご家族は応援していたはずです。

加藤響選手自身がどうするかは、加藤響選手本人に任せ、出した結果に対しサポートしていくというご家族の姿勢が、今の加藤響選手の技術的にも精神的にも成長へ導いた素晴らしいご家族だと思います。

今後、息子がどう活躍していくのか、楽しみでしょうね。

加藤響(東海大相模)プロフィール

  • 名前:加藤 響(かとう ひびき)
  • 出身:神奈川県厚木市
  • 身長:178cm
  • 体重:73kg
  • 投打:右投げ右打ち
  • ポジション:ショート兼セカンド兼サード
  • 目標とする選手:東北楽天イーグルスの浅村栄斗選手
  • 好きな食べ物:バラ肉
  • 苦手な食べ物:ピーマン

少し細身といった感じでしょうか。

東北楽天イーグルスの浅村栄斗選手も、大阪桐蔭高校時代に甲子園に出場。鉄壁な守備とバッティングの破壊力がすごく注目された選手で、2008年の夏の甲子園で全国制覇しています。

今回は春の選抜大会ではありますが、浅村栄斗選手と同じ全国制覇を目標に、走って守って打っての活躍を期待したいですね。

これからの加藤響選手の活躍が、プロからドラフト候補として確実に指名を受けれるのかどうかになってくると思います。

加藤響(東海大相模)の出身中学は?野球を始めたきっかけに迫る!まとめ

加藤響選手について、色々見てきました。

走攻守三拍子そろった選手は、実はなかなか存在するものではありません。打撃は素晴らしいけど、守備は普通。とか、その逆とかが一般的ですが、今年、東海大相模高校にとって優勝するためには、加藤響選手は欠かせない戦力のひとりであることは間違いないですね。

個人的に期待しているのは、加藤響選手のサイクル安打を達成です。

サイクル安打とは、ヒット、二塁打、三塁打、ホームランの4本を1試合で達成することです。

サイクル安打は過去、夏の甲子園では6人、春の選抜大会では1人だけしか達成していません。

走攻守三拍子そろった加藤響選手には、サイクル安打を達成出来る能力は十分にあると思います。

春の選抜大会史上2人目となるサイクル安打達成へ!

加藤響選手自身は、チームへの貢献と優勝だと思うので、個人の成績は重要視していないと思いますが、その活躍の結果でついてくる大記録だと思いますので、その辺も注目して春の選抜大会の加藤響選手の活躍を楽しみにしましょう。

スポンサーリンク
fam8本文下

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする